人生の応援歌

肩こりと目まいがひどくなったので、整体院に行きました。院長先生によると原因
は眼精疲労といいます。スマホを弄ぶのを止めて読書にしようと久しぶりに数冊の
本を買い込みました。スマホに比べて目への負担はずっと軽いとみえて、その中の
一冊「海峡に立つ」(許永中著)、時間を忘れて一気に読み切ってしまいました。

20年以上前のこと、空手の道場に通っていました。道場では、毎回ボコボコにやら
れ、かろうじて自由になる右足で自転車のペダルを踏みながら「よっしゃ、今日は
これくらいにしといたる」などと池乃めだかさんのギャクをつぶやきながら帰った
ものでした。そんな入門時から4年ほどが経過し、黒帯取得が視野に入ると分道場に
通っていた私も土曜日の夜には中崎町にある関西本部道場で行われる黒帯研究会
(通称:帯研)に通うようになりました。そこには、分道場で稽古する私の名札も末
席の方に掛けられています。色帯のころには注意して見ることもありませんでした
が、名札をよくよく見ると、「会長」という肩書のところに聞きなれないお名前が
あるのに気づきました。名札を指差しつつ先輩に「あの、野村永中さんってどんな
方ですか」「ああ、許永中さんやで」「えっ!?」
私が所属していた団体の創始者は空手バカ一代のモデルにもなった大山倍達という
方でしたが、その大山総裁と懇意にしていた許永中さんが以前の道場があまりに狭
く貧相だったために建ててくれた、とのことでした。私が入門して一年ほど経った
頃に総裁は鬼籍に入り、やがて組織は分裂してしまいましたが、道場はそのまま使
用させてもらっていました。例のイトマン事件などにより世間での許永中氏の評判
はいわずもがな。ましてや当時は“大人のかくれんぼ”の真っ最中。姿をお見かけ
したことは一度もありませんでしたが、鉄筋コンクリート4階(5階だったかな?)
建ての道場を見上げては、金銭的なメリットなんて全く無いだろうのに太っ腹な人
だなあと思っていました。

さて、コワモテの人たちとの恐ろしいやりとりもさることながら、件の本の中で私に
とって最も印象的だったのは、“かくれんぼ”中に客の捌けた行きつけのすし屋でCD
ラジカセを置き、氏にとって生涯一番の応援歌「風に立つ(坂本冬美)」を何度も何度
も聴いていたというくだりでした。きっと自らの境遇に唄がリンクしていていたので
しょう。辛い時に自分を元気づけ、勇気づけてくれるのが応援歌だとすれば、さて、
自分にとっての応援歌は何だろうかと考えを巡らせると、スタンダードなところでは
「時代おくれ(河島英五)」や「ファイト!(中島みゆき)」、マニアックな所では
「僕の一番好きな唄は(吉田拓郎)」が思い浮かびます。現在はありがたいことに、
応援歌が頭の中をリフレインすることはありませんが、ピンチになればまた頭の中を
駆け巡り、力を与えてくれることになるのでしょう。
皆さまの人生の応援歌、何でしょうか?

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